淡水を抱えて回る ボーフォート環流

先週のニュースレターで、日本企業の参画も検討されている、アラスカのLNGパイプライン計画に少し触れましたが、その天然ガスが採掘されるプルドーベイ油田の北に広がる海は「ボーフォート海」と呼ばれています。北極海の一部であり、一年の大半は海氷に覆われています。

この名は、19世紀のイギリス海軍少将で卓越した水路測量技師だったフランシス・ボーフォート(Francis Beaufort,1774年~1857年)に由来します。イギリス海軍水路部第4代部長を約26年間も務め、世界各地の水路図の作成に力を尽くし、就任前には数百部程度しかなかった水路図が、退任するまでに1,981部に膨れ上がりました。イギリス海軍水路部は現在、水路図の世界最大の供給元になっていますが、その礎を築いた人物です。ラジオの気象通報で「北東の風、風力3」などと言うのを聞いたことがあるかもしれませんが、この風力を表す階級(ビューフォート風力階級)を考案した人物でもあります。

このボーフォート海は北極海の中でもなかなか特別な存在のようです。世界の海底の地形図の作成を行なっている国際プロジェクト「大洋水深総図」(たいようすいしんそうず GEBCO, General Bathymetric Chart of the Oceans)の地図を見ると、ボーフォート海は深く、「お~、”北極海”と一口に言っても、大陸棚が広がっているところもあれば、大きく凹んだ海盆もあるし、海底山脈・海嶺もあるんだなぁ」ということがよく分かります。

GEBCO:北極海の海底地形図 (IBCAO v3)

洋上の風向きや強さ、海底の地形、深度、河川からの淡水の流入、気温・水温の変化による海氷の融解、塩分濃度など、さまざまな要素が複雑に絡み合って海流や鉛直循環に影響を与えています。

ボーフォート海の深いところはカナダ海盆にあり、最深部では深度4,682mです。この海域では比較的温かく塩分を多く含む海水の上に、氷河の融解水や河川の流出水、降水などの淡水が層となっていて、これが海面に浮かぶ海氷の融解を防ぐ働きがあります。

洋上を吹く風がここに時計回りの海流「ボーフォート環流」(Beaufort Gyre)を生み出し、海面近くに淡水を一時的に貯めこむように作用し、数十年かけてゆっくりと大西洋側に放出してきました。

以前は5~7年ごとに風向きが変わっていたのですが、1990年代以降は西風が吹き続け、海流の速度と大きさが増し、まるで淡水を閉じ込めるような効果を生み出し、北極海から淡水が大西洋に排出されにくくなりました。温暖化による海氷の融解も増加し、過去20年ほどで淡水の蓄積量は40%ほど増加しています。

こちらの動画では北極海における通年の海氷の動き(1991~2016年)と、複数年存在し続ける”古い氷”が減少している様子が分かります。ボーフォート「環流」と呼ばれる理由が見て分かりますよ。

NASA: Older Arctic Sea Ice Disappearing

そんな中、スウェーデンのヨーテボリ大学の研究者らが3月31日に研究結果を発表しました。

”Thinner Arctic sea ice may affect the AMOC”(北極海の海氷が薄くなると大西洋子午面循環に影響を及ぼす可能性がある/ヨーテボリ大学, 2025年3月31日)

いくつものシミュレーションを検証した結果、温暖化の進行によって今世紀末までにボーフォート環流が弱まる、あるいは消滅し、溜め込まれている大量の淡水が大西洋側に放出される可能性があることが分かりました。そうなれば、大西洋を南北に流れる深層海洋循環(大西洋子午面循環)に悪影響を与える可能性があります。

大西洋子午面循環が崩壊するとヨーロッパの気温は10年間で3℃以上低下する可能性があるとも言われていますし、その影響はヨーロッパだけにはとどまらないと考えられています。

関心が高まっているアラスカの石油・天然ガス油田と、その向こうに広がるボーフォート海。なんだか地球温暖化にまつわる多様な側面が箱詰めにされているようなところで、興味深いですね。

さて、環境省の主催で地域脱炭素に関するフォーラムが開催されるのでご案内します。

名称: 地域脱炭素フォーラム2025 in 横浜
日時: 2025年5月17日(土)14:00~16:30 
会場: パシフィコ横浜/オンライン 
主催: 環境省
参加費: 無料 

主な内容:下記HPより抜粋 

開会挨拶 浅尾 慶一郎(環境大臣)
挨拶  山中 竹春(横浜市長)
講演 「Jリーグ サステナビリティについて」
   辻井 隆行((公社)日本プロサッカーリーグ 執行役員 サステナビリティ領域担当)

【パネルディスカッション1】 
ファシリテーター:磐田 朋子(芝浦工業大学副学長/システム理工学部教授)
パネリスト:
・山中 竹春(横浜市長)
・福田 紀彦(川崎市長)
・中野 祐介(浜松市長)
・加藤 憲一(小田原市長)

【パネルディスカッション2】
ファシリテーター:山口 豊(テレビ朝日アナウンス部 上級マネジャー)
パネリスト:
・伊佐 陽介((株)バイウィル 代表取締役CSO兼バイウィルカーボンニュートラル総研 所長)
・井田 淳(川崎未来エナジー(株) 代表取締役社長)
・小西 雅子(東京ガス(株) 常務執行役員 地域共創カンパニー長)
・野辺 和美(横浜銀行 取締役執行役員)

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