気候非常事態ネットワーク(CEN)設立5周年と今後の課題

           CEN名誉会長/東京大学名誉教授 山本良一

 CENは、2020年11月18日に設立されました。これは、同年10月26日に当時の菅義偉内閣総理大臣が「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、続いて11月19日に衆議院で気候非常事態宣言が可決、11月20日に参議院で可決されるという、日本が国家として気候危機への本格的対応に踏み出した時期と時を同じくするものです。CENの設立は、まさに我が国が気候非常事態を認識し、抜本的な気候行動を開始した歴史的転換点と重なっています。

 CENは、2050年カーボンニュートラルの達成のみならず、その先の段階として、大気中から温室効果ガスを除去する「カーボンマイナス」の社会実現までを視野に入れて活動を進めてきました。設立後には、全国1,700余の自治体に対し気候非常事態宣言の要請文と「気候非常事態行動計画作成ガイドブック」を送付し、地域レベルでの気候行動強化を働きかけました。また、表1に示すように、毎年サミットを開催し、カーボンニュートラル社会への移行を加速させるための情報共有と協働のための「開かれたプラットフォーム」としての役割を果たしてきました。
 
 では、この5年間で気候非常事態は緩和に向かったのでしょうか。残念ながら、現状はむしろ一層深刻化していると言わざるを得ません。その背景として、地球温暖化の加速、各国の気候政策のパリ協定目標達成に対する不十分さ、さらには米国第2次トランプ政権の反科学的な気候政策の影響が挙げられます。2023年の世界平均気温は産業革命前と比較して1.45℃高く観測史上最高を更新し、2024年には1.55℃に達しました。2025年の世界平均気温は2023年と同水準と予測されていますが、この3年間の平均がパリ協定の努力目標である1.5℃を超えた事実は、極めて重大な警鐘であると言えます。

表1:2020年の気候非常事態ネットワークの設立から2026年の展望

2020年11月18日 @帝国ホテル気候非常事態ネットワーク設立総会
2021年6月4日 @東京商工会議所渋沢ホール 「気候非常事態ネットワークとカーボンニュートラル」サミット
2022年11月17日 @丸ビル・コンファレンススクエア 「気候非常事態宣言からカーボンニュートラル実行プランへ」
2023年11月21日 @東京商工会議所会議室 「地球沸騰化を抑制する急速な低炭素戦略~鉄鋼業と建築業における社会変革」
2024年11月18日 @丸ビル・コンファレンススクエア 「カーボンニュートラル実現に向けた社会的転換点サミット2024」
2025年12月16日 @ビジョンセンター新橋  「気候非常事態への科学的検証と社会変革の道筋~科学・法・市場が拓く持続可能な未来」
2026年(予定) 「気候と自然の危機に関する国家緊急ブリーフィング」

 ヨーロッパの気象機関 Copernicus によれば、2015年12月時点では世界平均気温が産業革命前比1.5℃に達するのは2042年3月と予測されていましたが、2025年11月の同一方式による最新予測では到達時期が2029年5月へと大幅に前倒しされたと報告されています。地球温暖化の進行速度が著しく加速していることは、もはや疑う余地がありません。

 こうした状況を踏まえ、2025年4月にはドイツ気象学会とドイツ物理学会が共同声明を発表し、2050年までに世界平均気温が産業革命前比で3℃上昇するリスクがあると強い警鐘を鳴らしました。これは、従来の「今世紀中の気温上昇を2℃以内に抑制する」という国際戦略の前提を根底から揺るがす重大な指摘です。

 2025年6月、英国エクセター大学で開催された第2回国際転換点会議(The 2nd Global Tipping Points Conference)では、約600名の科学者が「ダーティントン宣言(The Dartington Declaration)」を発表し、サンゴ礁白化の転換点がすでに突破された可能性を認めるとともに、北大西洋熱塩循環(AMOC)、西南極氷床、アマゾン熱帯雨林の転換点が迫っていることを警告しました。気温上昇を1.5℃以内に抑制するためには、前例のない規模と速度の排出削減が不可欠であることが改めて強調されています。

 「2025年気候状況報告書(The 2025 state of the climate report: a planet on the brink)」(William Rippleら)によれば、気候・自然に関する34の重要な指標(planetary vital signs)のうち22が悪化していること、また9つのプラネタリーバウンダリーのうち7つがすでに逸脱していること(Rockströmら(2023))が報告されています。このままでは16の気候転換点のうち9つが突破される可能性も指摘されています(Deutloffら(2025))。また、ブラジル、ベレンにおけるCOP30では化石燃料からの脱却についてほとんど成果を挙げられませんでした。

 2025年は、極端気象のアトリビューション研究の進展、国際司法裁判所による「気候変動に関する国家の義務」についての歴史的勧告意見、エコイノベーションの加速など、前向きな動きも見られた年でした。しかし同時に、気候危機は一層深刻化し、科学的根拠に基づいた迅速かつ大規模な脱炭素化とシステム変革の必要性がこれまで以上に明確になっています。

 このような厳しい現実を受け、英国では2025年11月27日、ロンドン・ウェストミンスターのセントラルホールにおいて「国家緊急ブリーフィング(National Emergency Briefing)」が開催されました。1,046名の科学者が公開書簡を通じて政治リーダーに出席を要請し、当日は約130名の議員を含む1,250名が参加しました。10名の専門家が気候変動、エネルギー、食料安全保障、自然、極端気象、転換点、経済、健康、安全保障について科学的根拠に基づく包括的なブリーフィングを行い、その内容を広く国民に共有するよう公共放送を含むメディアに対して提言が出されました。

  英国におけるこの国家緊急ブリーフィングは、①最新の科学的知見による気候変動・自然危機の科学的リスクを共有、②議員を含む各界指導者が政治的対立を超えて共通認識を形成、③産業界・金融界を含む社会全体の危機認識の共有、④危機管理としての「気候・自然」政策の位置づけ強化、という重要な成果をもたらしたと評価されています。すなわち、気候変動を環境分野の課題にとどめず、国の安全保障・経済戦略・社会の持続性を左右する国家的課題として再定義する契機となりました。


 この英国の経験は、日本にとっても重要な示唆を与えます。我が国でも、科学者からの直接的かつ統合的な知見から我が国が直面する気候リスクと影響、必要な行動期限を明確化する場を設けることは極めて意義深いものです。経済安全保障、国民の健康・生命、防災・減災、国際的信頼性、産業競争力の観点からも、気候と自然の危機を「国家的リスク」として正面から捉え直す必要があります。

 気候非常事態ネットワークでは、2026年に英国にならい、日本においても気候および自然の危機に関する「国家緊急ブリーフィング」の開催を予定しております。これは、改正GX推進法の実効性を高め、日本社会全体が科学的エビデンスと共有認識に基づいて行動するための重要なステップとなるものです。また、企業にとっても将来のリスクを見通し、世界における長期的な競争力を支える経済計画を立てることも可能になります。志を共有するあらゆる分野の皆様に対し、本趣旨へのご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。