「国家緊急ブリーフィング」の国際展開(山本良一)

 英国の科学コミュニケーターのサイモン・オールドリッジ(Simon Oldridge)は、新型コロナウィルスのブリーフィングが効果を挙げたことにヒントを得て、気候危機に関する全国放送のブリーフィング(国家緊急ブリーフィング)を思いついたと報じられている。サイモン・オールドリッジは弟のニック・オールドリッジと共にコア・チームを結成したが、この企画は科学者からの全面的支援を受けた。8か月の準備期間の後に、2025年11月27日にウェストミンスターのセントラルホールで、10名の科学者による“気候と自然の危機に関する国家緊急ブリーフィング”が開催され大成功を収めた。社会のリーダーなど1200名が出席し、そのうち120名は国会議員であった。

 このブリーフィングは45分の映画に集約され、2026年には英国各地で“国民緊急ブリーフィング”と銘打って2000回以上上映された。さらに政府による国民を対象とした緊急ブリーフィングのテレビ放映を求める請願に10万名を超える署名が集まり、国会で正式に審議される予定になっている。

 2026年6月22日には、気候変動と自然の危機に関する法務についての国家緊急ブリーフィングが開催された。民間企業と司法機関の幹部が一堂に会し、7名の専門家から説明を受けた。議長は最高裁副長官のセールズ卿が務めた。

 ドイツでは、2027年春にベルリンで全国リスクサミット(Nationaler Risiko Gipfel)が開催される予定である。安全保障、回復力、繁栄をテーマとして、ドイツが将来にわたって競争力を維持するためには包括的な計画が必要であるとしている。著名な科学者たちが、地球システムの深刻な変化と、それがドイツにもたらすリスクを概説し、招待された社会のリーダーに具体的な解決策を提示するとしている。

 カナダでも2027年にオタワで同様な国家緊急ブリーフィング(CNEB=Canadian National Emergency Briefing)が計画されている。カナダを代表する専門家が一堂に会し、気候と自然の危機に関する明確かつ証拠に基づいた評価と、それに対応するために必要な協調行動を提示するとしている。

 英国の国家緊急ブリーフィングに触発されて日本、ドイツ、カナダで緊急ブリーフィングが開催されるが、スウェーデンやオランダでも構想されているようである。考えてみればこのような緊急ブリーフィングの国際展開は当然といえば当然である。世界の年間平均気温は2024年に産業革命前と比較して1.55℃高く、一時的にパリ協定の1.5℃目標を超えた。2026年後半に発生した観測史上最強のエルニーニョ現象により、2027年の世界の平均気温は1.70℃高くなると予想されている。9月2日に公表されたUNEPの報告書「オーバーシュートの抑制-1.5℃超過への対処と目標値への回帰に向けた道筋」では1.5℃目標を守ることはもはや不可能であることを公式に認めた。一時的にせよ、1.5℃を超えると異常気象の激化、小さな島国の消滅、人々の健康、食料、水の安全保障に対するリスクの増大は不可避である。世界の気候と自然は非常事態に突入したのであり、その科学的事実を共有し、社会の変革、行動変容を急がなければならないのである。たとえ最終的に気温を下げることができたとしても、海面は上昇し続け、絶滅した生物種は戻ってこない。「気候と自然の危機に関する緊急ブリーフィング」を制度化し、政治家など社会のリーダーや国民は、毎年一度は科学者の声に耳を傾けるようにしてはいかがであろうか。

山本良一(東京大学名誉教授、CEN名誉会長)