Yamina Sahebは、サフィシェンシー(充足性)とはエネルギー、資材、土地、水、その他の天然資源への需要を回避しつつ、地球の限界内で全ての人々の幸福を実現するための一連の政策措置と日々の実践のことであると述べている。したがってエシカル消費もサフィシェンシーの重要な要素である。この考え方から生態系の限界を超えずに社会の幸福を確保する「サフィシェンシー回廊(Sufficiency corridor)」という概念が導入された。サフィシェンシー回廊とは、すべての人に尊厳のある生活や福祉を保証する「下限」と地球の限界や生態系を超えないようにする「上限」の間にある、持続可能な社会の消費の適正範囲のことである。この辺りの詳細についてはYamina Sahebの2025年の論文「Sufficiency: Where philosophy meets science」を参照されたい。Emile Balemboisは、惑星境界はサフィシェンシー回廊の上限であると指摘し、気候のサフィシェンシーについては、上限は予防的見地から世界の年間平均気温の産業革命前と比較して1.5℃上昇を、下限としては人々に重大な被害を与えないと考えられる1℃上昇としている。これはJohan Rockstromらの安全で公正な地球システム境界(2023)の考え方である。下限を1℃とするのは、現在すでに顕在化している気候変動の影響を緩和するためである。
UNEPは2026年9月2日に報告書「Limiting Overshoot ― Navigating exceedance of 1.5℃ and pathways towards return(オーバーシュートの抑制-1.5℃超過への対処と目標値への回帰に向けた道筋)」を公表した。国連環境計画はついに地球温暖化が1.5℃目標を超えることを認めた。しかしメタンを含む温室効果ガスを即時にそして継続的に削減しネットゼロを目指すことで世界の平均気温の上昇を1.5℃以下に戻す道筋はまだあることを強調している。この報告書に先立つ6月6日にはJohan Rockstromらが「We are in the Anthropocene ― Now what?(私たちは人新世に突入した-さてこれからどうする?)」という論文を公表している。この論文では人新世における3000年までの温室効果ガスの3つの排出経路についての世界の年間平均気温の変化について詳細に議論している。経路1は管理可能な人新世、経路2は危険な人新世、経路3は制御不能な人新世と呼ばれている。経路1はあらゆる規模、あらゆる領域での自然への人間の圧力を大幅に削減する経路である。この場合、世界の年間平均気温は2100年に産業革命前と比較して1.5℃高く、3000年には1.0℃となる。すなわち経路1ではサフィシェンシー回廊の内側に戻れる。
現在の世界では戦争が続いており、アメリカのような大国が気候変動枠組み条約から脱退するなど、管理可能な人新世とはとても言えない状況にある。したがって経路2か経路3を辿ることになるが、これらの経路では3000年までには世界の平均気温は3~4℃上昇することが予想される。そうなるとグリーンランド氷床や西南極大陸氷床はそれぞれのティッピングポイントを超えて融解し、アマゾンの熱帯雨林もティッピングポイントを超えてサバンナ化するなど気候や自然の大変動を招いてしまうことになる。すなわち3000年までを考慮した長期的持続可能性は失われてしまうのである。気候についてサフィシェンシー回廊の下限のみならず上限までもが破られることを厳しく認識し、“エシカル消費”の強力な推進により回廊の内側への復帰が要請されるのである。
山本良一(東京大学名誉教授、CEN名誉会長)
