レター「気候危機とは何か」(その3)

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気候危機とは何か*1 その3 

日本の気候対応危機世紀の大転換に後れはないか                                                                                西岡秀三(地球環境戦略研究機関)

はじめに

 人類が社会の持続を望むならゼロエミに大急ぎで脱炭素社会に向かうしかないのが抗えない自然の理であり*2、「気候の危機」は人間世界の対応の遅れにあること*3をこれまで見てきた。それでは日本にとって気候の危機とは何か? 人類の新たな発展への第一歩、ゼロエミ化という唯一の目標にまっすぐ進めるか否かが問われている。

1.1.5℃世界への貢献がむずかしい日本

 2℃のゼロエミ世界に転換するまでに世界が排出できる「許容二酸化炭素排出総量」は約760 Gt(Gt=10億トン)、年間排出量約36 Gtの約20年分しかない。これは脱炭素世界転換に使える「財布の中身」でもあるので「炭素予算*4」と呼ばれる今や貴重な「資源」である。各国が無為に排出してゆけばどんどん減ってゆくから、早く何らかの制約を課さねばならず、「炭素予算」を各国にどう分配するかが今後の国際交渉の難題である。今UNFCCCの修正NDC 集計作業は、そうは言っていないけれども実は「炭素予算」の分どり合戦なのである。目下の集計だと2030年までに排出量を減らせそうもない。となると2030年からの「炭素予算」はあと11年分しか残らない。

 日本は2℃炭素予算をどれだけ使えるか? 仮にいま現存人口割で各国に配分すれば、一人約100トン、日本は13 Gtで現在の排出量の約10年分、今からただちに直線的にゼロに向けて減らしてゆけば20年後の2040年に排出ゼロにできる。菅首相が表明した2030年46%削減は、今から2050年ゼロに向けて直線的に降下する道にあり17.3 Gtの炭素予算を要する。これでは、2℃達成には至らない。また、日本は1.5℃目標を目指しているようだが、上記分配だと1.5℃での日本の炭素予算は約3.4 Gt。あと3年分もなく、とても1.5℃世界への応分の貢献はできない。

 このような追い込まれた状況になったのは、これまでの30年、日本は排出を減らすことなく無為に「炭素予算」を先食いしてきたことにある。京都議定書第一約束期間(1990基準年、2012最終年)の間、6%の削減義務は達成したが、二酸化炭素排出量自体が減ることはなかった。バブルを謳歌し不況といっては大盤振る舞いの刺激策を繰り返し、大震災もあり、排出削減への努力はおざなりだった。

 その間欧州諸国は気候変動が経済活動とリンクする重要課題であること、「炭素予算」が限られていることを認識して、例えばドイツ・英国は24%、EUは12%削減し、削減技術開発普及と削減政策を着々と進め、ゼロエミ社会の骨格をかなり確立してきた。

 日本の「気候危機」は、このように後れを取った日本がこれからの大転換において世界の潮流に追いつくことができるのだろうかという危惧にある。残された「炭素予算」はわずかで、とても1.5℃の責任分担ができそうもないが、転換は進めるしかない。

2. ゼロエミ転換がもたらす発展基盤への影響

 ゼロエミ世界への転換は国の発展基盤を揺るがせる。埋蔵化石燃料が座礁資産となる中東諸国は新たな産業開発を急いでいる。太陽エネルギー・バイオマス・水力の自然エネルギー源と森林土壌といった二酸化炭素吸収源が新たなエネルギー資産になるから、中国、ロシア、ブラジル、インドネシアなど土地が広く自然資源が豊富な国は優位に立つ。化石エネルギー多消費型都市インフラに束縛されている先進国は、そのロックインを解きほぐし、エネルギー節約型で自然エネルギーをベースにしたインフラへの転換がいる。

 化石燃料の埋蔵もなく、国土面積も狭小な日本は、これまで人的資産とその具現化である技術力を基盤として発展してきた。脱炭素世界になれば、産業構造も大きくかわり技術体系もかわる。次なる脱炭素発展にも化石エネルギー中心で成功してきた技術力で対応できるかどうか、吟味が必要である。

3. 脱炭素社会転換に向けた技術の特性

 ただちにGHG排出を減らしてゆき30年という短期間に脱炭素化するというのが自然の要請である。これに対応する脱炭素化技術システムは、新規な技術である必要はなく、いま技術的・経済的に可能で、どれだけ広範囲に普及できるか、需要者に受け入れられやすいか、地域環境にあっているか、地域に利益をもたらすか、がポイントである。

 エネルギーシステムの変更に伴い、社会の技術システム全体の組み替えが必要となる。そのためには技術の抱え込みがなく、なるべく多くの企業や生活者が共有でき、さらなる組み合わせへと発展できるためのOpennessが求められる。また、持続可能な発展や自然共生・安全確保・格差是正・貧困撲滅等ほかの重要目標との整合性を持っていなければならない。自然エネルギーが主体になることから、必然的に地域に分散したシステムとなり、より効率的で安定なその利用に向けた協力ネットワークができる。

 また、化石エネルギー利用から自然エネルギー利用への切り替えは、広範にわたる技術システムの不連続的切り替えをもたらす。こうした時には、これまで優位性を持っていた技術・社会インフラが新しい状況に転換するときの足かせになったりする。逆に、そうしたインフラの縛りがない方が新時代の先頭に躍り出る場合がある。

 中国は全土に電信網を張ることのできない不利をばねにした携帯電話の爆発的普及で5G時代のリードにつなげたという先行事例を持つ。いまや脱炭素化の必然を早くから認識し、自然エネルギー生産量、その設備の売り上げ、EV 生産台数で世界のトップに立っている。

 
4.日本低炭素転換の要諦

 本稿その1から3までの考察を踏まえて、日本の脱炭素社会転換の基本的な方向、要諦を以下のようにまとめる。

[1]つよい覚悟を持つための基本的認識 

・必然性:人類の生存のために排出ゼロの脱炭素世界に進むのは抗えない自然の理である。やるやらない、やれるやれないではなく、やるしかない。すべての国民がその覚悟を共有しなければならない。

・緊急性:削減が遅れれば遅れるほど後での対策が困難になる。これからの10年が勝負。出来ることは何でもやるつもりで大急ぎ減らしてゆかねばならない。

・変革の規模:社会経済システム全体が大きく変わる転換であり、人類が今後どのような発展を目指すのかが問われる転換である。

・責任主体:すべての人がゼロエミ行動へ進まないと達成できない転換である。

[2]政策の方向

・統合的な転換計画の策定:「この転換が、安全・安心の生活を国民すべてに保障するために必須である」との強い政治の意思とそのための行動指針とを明確に示す政府内で統合された計画が不可欠である。エネルギー転換から始まる産業構造の変化、これに伴う地域産業構造変化、雇用構造変化、を予測する。変化に伴う様々な摩擦を事前に評価し、急速な変化で生じる摩擦への補償策を含めた推進政策を準備して、産業のスムーズな転換や個人の行動変容を促す*5。日本と地域の削減シナリオ研究もおおむね進んでいる*6

・今後10年の削減加速策:即時の削減がなければ日本の「炭素予算」はすぐ尽きる。2050年に目指したい日本の姿を論議し、排出を減らしながらそこへどう到達するかのステップを逆算で描くバックキャストで、旧体制を振りきって10年間急削減の道筋を定める。

 まず今は一目散に再生可能エネルギー拡大に走る。様々な過渡的エネルギーが提案されているが、バックキャストの観点からは、将来いずれはすべて自然エネルギーに変わるのであるから、初めから目標を高く100%自然エネルギーを目指すのが良い。クリーンエネルギーを拡大することは需要側のゼロエミ化を進めるために不可欠である。電気自動車(EV)メーカーも再生可能エネルギー100%宣言(RE100)企業もゼロエミ自治体も、水素社会も、クリーン電力を待ち構えている。

 省エネ技術開発とその上手な使い方でエネルギー総量を減らす「節エネ」がもう一つの柱である。「節エネ」には既開発のゼロエミ住宅・業務用ビルの規格強化政策がただちに打てるし、個人の生活様式変更は格別の投資なしにできる。

 排出の約20%を占める石炭火力の早期引退は今すぐの削減に大きく貢献する。鉄鋼など素材生産プロセスがゼロエミに変わるには時間がかかるし、原子力にはまだまだ安全確認・許容とコスト論議が、二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)のような技術イノベーションには更なる吟味と開発が必要で、この10年のあてにはできない。むしろ今の縦割り体制にある諸障壁を打破し古い慣習・権益に切り込む制度改革など社会イノベーションの方が、即効性がある。

・政策への主流化:安心安全な生存基盤があってこそ経済社会発展が可能である。グリーンリカバリ-としてこの転換を経済活動の主流に据えることはまことに理にかなっている。経済的観点からいえば、転換先は間違いなく約束された市場であり、化石燃料車規制などで見るように、その市場ルールも先行者によって設定され始めている。

・確実な推進:人類生存にかかる転換に奇をてらっての失敗はゆるされない。いざとなったら成層圏に太陽光を反射するエアロゾル粒子をばらまいて地球を冷やすといったような「気候工学」があるとか、いつか誰かが「革新的」技術を見つけてくれるだろうとかいった賭けはできない。すでに実用化された確実な技術を広く普及し改良しながらコストを減らしてゆくのが基本であろう。半世紀前の日本の省エネ技術やこの10年でコストが急低下した自然エネルギーがその好例である。また商品供給側の需要喚起にふりまわされず、安全安心な生活に真に必要なモノやクリーンエネルギーを選択するのは生活者の役目である。

[3]手遅れがちな政府を待つことなしに自主的取組を進める。

・手続きに時間がかかる政府の対応を待ってはいられない。要はゼロエミにすればいいのだから、直接排出の原因となっている当事者、と言ってもそれは国民全体であるが、が自主的に削減を行えば良い。

 生活者のライフスタイル点検が基本である。大元の生活者の行動が全体排出量を決める。家庭の収入がそう変わらなくとも、自動車利用が多く物質的消費の多い少人数家族は、効率的住居に住み物質的消費の少ない大家族より一人当たりのカーボンフットプリントが5倍も大きい*7。ライフスタイル変化が、エネルギーやモノの消費量を変え、それらの材料調達・製造・輸送・販売といったサプライチェーンでの二酸化炭素排出削減につながる。

 日本国民の多くは気候変動の影響を肌で感じ始めているし、メディア、NGOが伝える諸外国の削減先行例をまなんでいる。政府の遅れにしびれを切らした先進企業や金融機関、地方自治体、大学などが自主的に削減し始めた。菅首相のゼロエミ宣言で堰を切ったようにみなが脱炭素に走り始めた。2030年に向けて46%削減の旗印も掲げられたが、まだ1.5℃目標の道筋には乗らない。人類の生存をかけていずれはやらねばならない仕事なら「50%以上の高みに向けて挑戦」したいものである。

参考情報と注記
*1 本稿は、筆者が国立環境研究所地球環境研究センターCGERニュース[Vol.31 No.11]通巻第362号2021年新春号に寄稿した、「脱炭素社会はなぜ必要か、どう創るか」に加筆し簡潔にまとめたものである。
*2 本稿その1 安定な気候の危機:人間持続可能性への懸念(CEN Newsletter 2号 準備中)
*3 本稿その2 気候危機管理体制の危機:これからの10年が勝負CEN Newsletter 2号 準備中)
*4「炭素予算」に関しては上記 *3 に詳細に説明されている。
*5  JUST/未来のためのエネルギー転換グループ(2021):「レポート2030:グリーン・リカバリーと2050年カーボン・ニュートラルを実現する2030年までのロードマップ」
*6 2021年3月10日に開催されたシンポジウム「日本の2050年脱炭素社会」(国立研究開発法人国立環境研究所社会システム領域主催)には、国レベル・地域レベルのシナリオとその考え方についての研究成果がまとめられている。
*7  地球環境戦略研究機関(2020):「1.5℃ライフスタイル:脱炭素型の暮らしを実現する選択肢―日本語要約版」(小嶋・小出・渡部)及びその全文