世界初の液化水素運搬船 神戸からオーストラリアに到着

世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」がオーストラリアに到着したニュースを読んでいくうちに、ふと思い出したことがありました。

2003年、落合博満氏が中日ドラゴンズの監督に就任した時、外部から有力な選手を入れることはせずに、「この1年は補強を凍結し、個々の選手の能力を10%底上げして日本一を獲る」と語り、就任後初のシーズンでリーグ優勝を果たしました。勝てる要素を外に求めるのではなく、既に手元にいる選手たちを再評価し、勝つための道筋を模索していったわけです。

今回「すいそ ふろんてぃあ」が運ぶ液化水素は、「褐炭」という”低品質な”石炭から作られるそうです。なぜ低品質の石炭を?と気になりましたが、いくつかの記事を読んでいるうちに、この褐炭というものが、まず面白いほど欠点だらけであることが分かりました。

炭素分が少なく、重量の半分以上が水分。重くてかさばるため輸送コストがかかる。そのくせ発熱量が低いから、燃料としてのエネルギー効率が悪い。自然発火しやすいため、保管・輸送が難しい。さらに、乾燥すると粉末状になって粉塵爆発の危険が生じる。資源として優れているところが見当たらないのです。だから採掘場に近い火力発電所くらいでしか利用されず、国際的に取引されていませんでした。

野球チームで言えば、良い監督に恵まれず、選手のモチベーションが低く、過去5年間はBクラスで低迷。チーム内の雰囲気も悪いし、しまいには球場に来るファンも激減、というような状態でしょうか。

ところが、このやっかいな資源には、とてつもない長所がありました。褐炭は発電に使われる瀝青炭などと比較して揮発分が多く、ガス化しやすい性質があります。そして、その埋蔵量が膨大で、世界の石炭埋蔵量の半分が褐炭だと言われています。例えば、「すいそ ふろんてぃあ」が運ぶ液化水素が作られるビクトリア州には、日本の総発電量のなんと240年分に相当する量の褐炭が埋蔵されているという試算もあります。そして、これがまた重要ですが、利用が限られているため、価格が安い。

この長所に着目して研究を続けてきた成果の一つが、今この「すいそ ふろんてぃあ」のオーストラリア入港として現れているというわけです。

これは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業」で、HySTRA(ハイストラ:技術研究組合 CO2フリー水素サプライチェーン推進機構)が実施しています。

オーストラリアは世界第2位の石炭輸出国で、オーストラリア経済にとっては石炭は重要な輸出品です。その輸出額は鉄鉱石に次いで二番目に多く、2020年の輸出額全体に占める割合は約10%です。コロナ以前の2019年は約13%を占めていました。(Australian Government, Department of Foreign Affairs and Trade.  Trade in goods and services 2020 より)

昨年9月には、オーストラリア国立大学のフォーラムにおいて、国連の気候変動問題担当特別顧問であるセルウィン・ハート氏が、化石燃料を廃止しなければ、気候変動がオーストラリア経済に大損害をもたらすと警告しましたが、その翌日、オーストラリアのキース・ピット資源・水源相は、「この重要な産業の未来は、オーストラリア政府が決めるのだ。何千もの雇用と何十億ドルもの外貨収入を犠牲にしてでも、それを止めたがる外国の機関が決めるのではない。」とし、「IEA(国際エネルギー機関)によれば今後10年間はアジア全域で石炭消費が増大していく。オーストラリアにはその需要を満たす重要な役割がある。」と発言しました。

昨年11月に行われたCOP26でも「石炭火力発電を段階的に削減」することが言明されるなど、脱炭素の世界的潮流の中で、発電量の3割を石炭火力が占める日本も、石炭生産が重要な経済活動であるオーストラリアも厳しい立場に立たされています。

石炭の利用を完全に止めて他のエネルギー源を推進するのか、あるいは、既に足元にある有力な資源をうまく活用していくのか。日本にとっても、オーストラリアにとってもこの褐炭を利用した水素の生産、そしてそのサプライチェーンの構築は、両国の将来に大きな影響を及ぼします。

このプロジェクトを含めて、石炭の利用には議論が尽きません。野球のように分かりやすい「勝利」はないのかもしれませんが、あらゆる挑戦について、それが成功するのを見たいですね。

世界も「すいそ ふろんてぃあ(Suiso Frontier)」に注目しています。
Euronews: シリーズ“Green Japan”
ネイチャー:A seamless hydrogen supply chain