「文明の寿命は短い、長くするには地球倫理を普及させる以外にない」
東京大学名誉教授 山本良一
生命が発生できる地球のような惑星は奇跡的であるが、生命が進化して知的生命になることはさらに奇跡的である。最近のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測で、観測可能な宇宙には約2兆個もの銀河が存在することが分かってきた。それぞれの銀河に数千億個の太陽のような恒星があることを考えると、惑星も膨大に存在することが考えられる。しかし地球のような惑星は極めて稀だと考えられている。これはレア・アース仮説と呼ばれPeter WardとDonald Brownlee(2000)によって論じられている。
銀河内の複雑な生命の存在する地球のような惑星の総数は次のような因子を掛け合わせることによって見積もることができる(レア・アース方程式)。銀河内の惑星の総数、恒星のハビタブルゾーン内にある惑星の数、銀河のハビタブルゾーン内にある恒星の比率、惑星を持つ恒星の比率、岩石惑星の比率、バクテリア生命の生じ得る惑星の比率、複雑な生命が進化し得る惑星の比率、惑星に複雑な生命が存在している期間の比率、大きな月を有するハビタブル惑星の比率、木星型惑星を有する恒星の比率、生命絶滅事象が十分低い惑星の比率。これらの因子を掛け合わせると極めて小さな数になってしまうというのである。また知的生命体が文明を築いたとしてもその寿命は短いと考えられる。知的文明は環境破壊や戦争などで自滅してしまうというのである。人類文明について考えてみよう。
5万年前頃に言葉が発明された。これは複雑な技術の伝承、社会的会話や集団生活の結束のために話し言葉が発達したとされる。話し言葉は生物学的な進化によって獲得されたと考えられている。5300年前には文字がメソポタミアで発明された。5000年前にはエジプトでヒエログリフが、3300年前には中国で甲骨文字が発明された。言葉の発生から文字の発明まで長時間を要したのは、文字の発明には農耕の始まりによる社会の複雑化が必要だったからだと考えられている。5000年前頃に天体の運行と暦が発見され、自然界には客観的な法則があることが認識され始めた。BC600年頃にはギリシャで理によって自然を説明する自然哲学が始まった。ところで、言語には本来数学が含まれている。数学はあいまいさを排除し、記号と定義だけで構成された人工言語である。古代ギリシャでユークリッド幾何学など数学が発展し始める。AD1632年にガリレオ・ガリレイは「天文対話」を発表し科学革命の口火を切った。ガリレオは自然には法則があり、数式で表せると主張した。
ガリレオの同時代人であるヨハネス・ケプラーも近代科学の誕生に貢献した。天体の大観測家であるティコ・ブラーエの助手となってから10年でケプラーの第一法則、第二法則を発見したがそれで満足せず、惑星軌道の要素間には何らかの法則性があるはずと考え、さらに10年間を費やして第三法則を発見した。すなわち惑星の公転周期の二乗は楕円軌道の軌道長半径の三乗に比例しているのである。
AD1687年にニュートンが「プリンキピア」(自然哲学の数学的原理)を発表し、本格的な近代科学がスタートした。自然科学の発見の重要性はいくら強調してもしすぎることのない発見である。これが自然法則を操作可能な手段と考え、自然改変の暴走につながったからである。
文字の発明から科学革命の開始まで約5000年かかった。近代科学がなぜヨーロッパで始まったかについては多くの研究がなされている。キリスト教による神、人間、自然の断層構造の考えが人間精神を自由化し、自然を機械とみなして実証的な自然科学や技術を生み出したという見解には説得性がある。しかしこれは自然は生ける有機体という伝統的考えを殺し、自然の支配につながり、結局地球環境の破壊を招くことになったのである。
AD1905年にアインシュタインは相対性理論を発表し、質量とエネルギーの等価性を示した。この発見によってAD1945年に原爆が、AD1952年に水爆が開発された。自然法則は数式で表現されるというガリレオの発見からアインシュタインの相対性理論まで約300年、質量とエネルギーの等価性の発見から原爆、水爆の開発までは約50年しかかかっていないのである。
生命は個体の維持、種族の維持のため自然を利用する本来的性向がある。自然科学の技術への適用は技術革新を生み、新たな技術が新たな科学的発見を生むという好循環が生じ、結局、科学技術文明が誕生した。科学技術の発達によって、自然征服技術、欲望拡大技術、大量殺戮兵器が発達した。倫理も血縁者の利他行動や互恵的利他行動から始まり、社会の拡大や宗教の誕生に伴って発展した。科学技術の発達は倫理の発達を上回る速度で進んだ。生物の心や行動は簡単な数式で表現できないためもあり、人文科学、社会科学の発達は科学技術の発達に比べて限定的なものにとどまった。科学技術と比較して倫理の発達が著しく遅れたことで、問題の解決策はあるのに政治的コンセンサスを確立することができず解決策を実施できないという事態が生じる。文明の寿命についての最近の研究について見てみよう。Luke Kempは地域的な古代文明について研究し、人口、アイデンティティ、社会経済的複雑性の急速かつ長期的な喪失をもって崩壊とみなし、平均寿命を340年としている。Marten Schefferらは過去の324の国家について検討し、滅亡リスクは200年後にピークを迎えると結論した。Sohrab RahvarとShahin Rouhaniは宇宙における高度な技術を持つ文明が存続できる期間の上限値を5000年と評価した。
AD2050年に人類の直面する気候崩壊、自然崩壊(100万種の生物絶滅など)は全地球的なものであり、人類文明そのものが崩壊する可能性がある。第2次大戦後、国際連合が設立されたが地域戦争は止まず、さらに人類は気候と自然の崩壊に直面している。2025年7月23日に国連からの要請により、国際司法裁判所は「気候変動は地球規模の存在的脅威であり、国家には国民を気候変動から守る義務がある」とする歴史的な勧告的意見を出した。15人の判事による全員一致の意見である。国家がこれらの義務に違反した場合には法的責任を負い、状況に応じて不正行為を停止し、再発防止の保証を提供し、完全な賠償を行うことが法的に求められる可能性がある。2026年5月20日の国連総会でこの画期的な気候変動に関する意見を支持する国連決議が可決された。賛成141、反対8、棄権28であった。日本は決議案に賛成した。反対した国は、ベラルーシ、イラン、イスラエル、リベリア、ロシア、サウジアラビア、米国、イエメンである。その中には現在の中東戦争の交戦国や米国、ロシアなどの超大国が含まれている。このままでは奇跡の惑星、地球上の人類文明も短寿命で終わりかねない。
Roderick Nashの「自然の権利、環境倫理の歴史」やAldo Leopoldの「土地倫理」の考えに従えば、人類の倫理は気候や自然の危機に対処するため地球レベルにまで拡大しなければならない。最近ではHanno Sauerがモラルは生存と協力のために人類が進化させてきた社会的なテクノロジーであると言っている。William MacAskillは未来世代の利益を功利主義者は現代の主要な道徳的優先事項の一つとすべきと主張している。
環境危機の解決には平和的な国際協調体制が必須であり、全地球的な政治的コンセンサスの確立が必要不可欠である。政治的コンセンサスは地球倫理に基づかなければならない。したがって文明崩壊を防ぐためには、科学技術の発達を上回る速度で現在の地域的な倫理を惑星的倫理、すなわち地球倫理に拡大させる以外にない。地球倫理の普及こそが文明の寿命を延ばす最優先の課題である。
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