ある二つの論文を立て続けに見つけた時、唐突に昔飲食店で働いていた時の情景が脳裏に浮かびました。大量の注文が溜まって、ただでさえてんてこ舞いしているところに、“カランカラ~ン”とドアベルが鳴って新たな団体のお客さんが入ってきた時には、膝の力が抜けるような、もうなんとも言えない絶望感というか無力感に襲われたものです。「た、たまらん。これ、なんとかならんのか…」と。
2月に海洋研究開発機構が発表した論文によると、ベーリング海峡を通ってチュクチ海、カナダ海盆に流れ込む海洋熱がこの20年間で1.5倍に増え、このせいで水温が上がり海氷が減少しています。「だからベーリング海峡を塞いだらいいじゃないかって、言ったでしょ」という声(5月20日号ニュースレター“海峡をふさいで救えるもの”)が聞こえてきそうです。
太平洋側北極海における海氷下への海洋熱輸送が20年間で1.5倍に増加~急激な海氷減少の鍵となる暖水流入量の増加~(海洋研究開発機構、2026年2月16日)
これは太平洋側の話です。で、そうかと思えば今度は5月に大西洋の大西洋子午面熱塩循環(AMOC)の話がまた出てきました。こっちは、何十年も前からグリーンランドの南方で水面温度が低下しているのは「AMOCが弱くなって海洋熱輸送が減少しているためだ、と観測データからも分かったぞ」という話です。頭の中で“カランカラ~ン”とドアベルが鳴った瞬間です。
Multidecadal Atlantic “Warming Hole” Heat Content Variations Are Caused by Ocean Heat Transport, Not by Surface Fluxes(大西洋における数十年規模の「温暖化の空白域(ウォーミング・ホール)」の熱量変動は、海面フラックスではなく、海洋熱輸送に起因するものである。)(Advancing Earth and Space Sciences, 2026年5月28日)
(※海面フラックス:大気と海洋との間で交わされる「熱」「水」「運動量」「物質」の移動量)
世界の海は温暖化のせいで水温が上昇しているのに、この海域だけ反対に低下していることが長年の観測で分かっていましたが、その原因については「風などの影響で海水表面の温度が奪われているのか」あるいは「温かい海域から北上してくるAMOCが弱まっているからそもそも熱量が減っているのか」との議論が続いていました。今回の研究では1955年から2024年までの鉛直方向の水温が分かる観測データも解析して、この水温低下が浅いところだけではなく、深いところでも低下していることが分かりました。
そして、この中でまた興味深いのは、その近くの海域、アメリカ東海岸のハッテラス岬あたりからカナダ東部のニューファンドランド島あたりの海域で水温上昇が顕著に現れているということです。論文の中にある図を一目見るだけでその様子が分かりますが、これはAMOCが弱って北の方にずれていることを示しているそうです。
AMOCをめぐる議論はいろいろあるようなので、これが決定的なものとして認知されていくのかどうかは分かりませんが、北太平洋では暖流の勢いが増して問題になり、北大西洋ではその勢いが衰えて問題になっているわけで、なんともたまりません。「悲しみがくる時は単騎では来ない。軍団でやって来る」という言葉がありますが、「せめてどっちかにしてくれないか…」と言いたくなりますね…。
さて、SOMPO環境財団などの主催で環境公開講座が開催されるのでご案内します。
名称: 市民のための環境公開講座 わたしと地球のウェルビーイング
~今日から変える、みんなの未来~ 第1回「南極観測:未来の地球を維持するために」
日時: 2026年7月8日(水)18:00~19:15
会場: オンライン
主催: (公財)SOMPO環境財団、SOMPOホールディングス (株)、
(公社)日本環境教育フォーラム(JEEF)
参加費: 無料
主な内容:下記HPより抜粋
「市民のための環境公開講座」は、(公財)SOMPO環境財団、SOMPOホールディングス (株)、(公社)日本環境教育フォーラム(JEEF)の3者が協働で開催する、1993年に開講し30年以上継続している歴史ある環境講座。無料のオンライン講座として全9回および特別講座を開催。
第1回「南極観測:未来の地球を維持するために」
原田 尚美 氏 東京大学大気海洋研究所教授
第2回目以降のトピックなど、詳しくはこちらをご覧ください。
