伊達政宗から南極へ つながる線

これはもう、どうしても戦国時代まで遡らなければなりません。

1586年、伊達政宗の生涯最大の激戦と言われる「人取橋の戦い」がありました。味方の軍勢が総崩れするなか、不退転の決意で政宗の窮地を救ったのが重臣伊達成美(しげざね)。彼はその後、1603年に陸奥国亘理(わたり)郡の亘理城主となり亘理伊達家を興します。

幕末から明治にかけて亘理伊達家15代当主だった伊達邦成(くにしげ)は、戊辰戦争で敗北。報復として家禄の99%以上を失い、家臣らを養えない事態に追い込まれます。新天地を求めて北海道への移住を決めたものの、明治政府からの支援は皆無だったため、家宝や装身具などを売り払って移住費用を捻出し、最終的には総勢2,700人ほどを移住させました。家臣らにはアイヌの人々に対する礼節と調和を徹底させ、彼らの協力を得ながら原野を開拓していきました。それが現在の北海道伊達市です。

この亘理伊達家の20代当主が伊達元成(もとしげ)氏。国立極地研究所南極観測センター所属で2021年~2022年の第62次南極地域観測隊・越冬隊員を務めました。

南極からのビデオメッセージ「昭和基地の生活」伊達元成さん(北海道伊達市在住)

この伊達氏が「南極で体験した地球気候変動と二酸化炭素」というテーマで講演するウェブセミナーをご紹介します。

りそなグループの主催で行われ、他にも「ビルを丸ごと節電しながら脱炭素を進める方法(エコチューニング)」「エコチューニングファクトブックのご紹介」という講演もあります。

「地球サイズで考える脱炭素と節電から始める自社ビルの脱炭素 
~南極観測基地からの最前線リポートとビルを節電しながら脱炭素に取り組む方法~」


日時: 2022年6月7日(火)15:00~16:30
参加費: 無料

詳細はこちらをご覧ください。