8月26日、ネパール中部で氷河が崩落して大規模な鉄砲水が発生し、ネパールと中国では深刻な被害が起きています。巨大な土石流が時速約180kmの速さで襲い掛かり、人も橋もビルも家屋も、あらゆるものが一瞬で飲み込まれてしまいました。9月2日の時点で死者は1,000人を超え、行方不明者は約4,000人いると言われています。
氷河湖の決壊による洪水は1960年代から頻発していて、そのリスクが温暖化で高まっていることが以前から指摘されてきました。国境を超えた協力体制の構築が求められる中、5月には中国とネパールとの間で協議が行われ、洪水・気象・氷河に関する災害の監視や対応について協力を強化するための議論が交わされました。それでも監視や早期警報、リスク情報の共有などにでなかなか十分な体制が整っていなかったようです。
氷河湖が決壊して起こる洪水を「氷河湖決壊洪水」(GLOF,glacial lake outburst floods)と言いますが、ヒマラヤ・カラコルム地域における氷河湖決壊洪水に関する論文が今年1月に発表されています。
Glacial lakes and GLOFs in a warming Himalaya-Karakoram region: current understanding, challenges, and the way forward(温暖化するヒマラヤ・カラコルム地域における氷河湖と氷河湖決壊洪水:現状の理解、課題、そして今後の展望)(nature, 2026年1月22日)
簡単に要点を抜き出してみました。
[1] 氷河湖の拡大:
氷河の融解に伴い、氷河湖の数、面積、体積は急増している。1990年以降、世界全体で氷河湖の数は53%、面積は51%、体積は48%増加した。
[2] GLOF(氷河湖決壊洪水)の実態
ヒマラヤ・カラコルム地域では、これまでに少なくとも388件のGLOFイベントが記録されている。
・発生頻度:
最も発生頻度が高いのはカラコルム地域(196件)であり、次いで中央ヒマラヤ(99件)、東ヒマラヤ(72件)、西ヒマラヤ(21件)。
カラコルムは湖の総数は少ないものの、氷河のサージング(急激な前進)に伴う氷河堰止湖が形成・決壊を何度も繰り返すため、再発性のGLOFが多く発生している。
[3] 研究動向と課題
・観測技術の進展:
衛星リモートセンシングやGIS技術の発展により、広域的な氷河湖インベントリ(目録)が複数作成されてきた。しかし課題が山積している。
・標準化の欠如:
氷河湖の定義や、解析に用いる最小面積閾値が研究者間で統一されておらず、異なる目録間の直接比較や経年変化の正確な評価を難しくしている。
・現地データの不足:
多くの研究は特定の一時的なデータに過ぎず、氷河湖の急激な季節変動や一時的な湖の発生を追えていない。また、厳しい地形で現地調査が困難なため、湖の深さの測量や地質などの実測データが極めて限られている。
・社会・人道面への視点の不足:
物理科学的な危険性評価に比べ、下流住民の社会的脆弱性、災害に対する意識、避難行動への心理的影響といった社会経済的リスク評価が大幅に遅れている。
[4] 今後の展望
統合的なGLOFリスク管理戦略として、この論文では以下の5つの柱を提示している。
– その1「早期警戒システムの構築」
高解像度衛星監視、自動気象観測、リアルタイムの水位監視を整備し、携帯電話等のネットワークを介して即座に住民へ伝達するシステムの普及が急務。
– その2 「工学的な対策」
排水路の建設、サイフォン方式による水位低下、モレーン堤体(氷河が削り取った土砂や岩石が氷河の末端や側面にダムのように積み重なってできた自然の土手)の補強などが必要。これは効果的だが、高額な資金と高い技術力が必要とされるため、途上国の地域社会にとっては資金調達が大きな障壁となっている。
– その3 「コミュニティ主導の備え」
防災教育、避難計画、シミュレーション訓練、防災物資の備蓄など、低コストで持続可能なアプローチが重要。
– その4「開発政策への統合」
リスク評価を地方・国家の開発計画に組み込み、ハザードエリアでの建設を規制する土地利用計画(ゾーニング)や、強靭なインフラ設計を推進する必要がある。
– その5「国境を越えた国際協力」
氷河や河川システムは国境を跨ぐため、関係国間(中国、ネパール、パキスタン、インド、ブータンなど)での水文気象データの共有や共同研究、ICIMOD(国際山岳総合開発センター)などを通じた広域的な連携が不可欠。
このような点が指摘されています。
資金と技術を持つ先進国は、脱炭素化を進めるのと同時に、直接的に上記のようなリスク管理を支援していくことが重要ですね。これまでにも観測や警報能力の向上等において日本など先進国の協力は進められていますが、まだまだ十分ではないことが分かります。
さて、日本学術会議の主催でプラネタリーヘルスに関する公開シンポジウムが開催されるのでご案内します。
名称: 公開シンポジウム
「プラネタリーヘルス:激変する地球環境におけるウェルビーイングの向上をめざして」
日時: 2026年9月7日(木)13:00〜17:00
会場: 日本学術会議講堂/オンライン
主催: 日本学術会議 環境学委員会・健康・生活科学委員会合同環境リスク分科会、
健康・生活科学委員会パブリックヘルス科学分科会、地球惑星科学委員会地球・人間圏分科会
参加費: 無料
主な内容:下記HPより抜粋
総合司会:近藤 智恵子(長崎大学大学院工学研究科教授)
○ 開会挨拶
三枝 信子(日本学術会議副会長、国立環境研究所理事)
○ 趣旨説明
中村 桂子(日本学術会議環境リスク分科会委員長、東京科学大学 名誉教授)
【第1部:エビデンスと現状認識】
座長:玉腰 暁子(日本学術会議パブリックヘルス科学分科会委員長、北海道大学大学院医学研究院教授)
基調報告「プラネタリーヘルス:激変する地球環境におけるウェルビーイングの向上にむけて」
橋爪 真弘(東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教授/長崎大学大学院熱帯医学・
グローバルヘルス研究科教授)
[政府の取り組み]
厚生労働省、環境省、農林水産省
【第2部:研究から実装へ】
座長:小口 高(日本学術会議地球・人間圏分科会委員長、東京大学空間情報科学研究センター教授)
「Urgency for Change: プラネタリーヘルス研究から実装への展開」
サミュエル・マイヤーズ(プラネタリーヘルスライアンス創設理事長、ジョンズホプキンス大学プラネタリーヘルス研究所所長)
「プラネタリーヘルス研究から産学連携の協創へ」
五十嵐 圭日子(東京大学プラネタリーヘルス研究機構機構長)
「プラネタリーヘルス国際会議2027に向けて」
橋爪 真弘
【第3部:実装ギャップをどう埋めるか(パネルディスカッション)】
座長:中村 桂子
パネリスト
「生物多様性と健康に関する研究から実装へ」
山野 博哉(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)
「ワンヘルスの研究から実装へ」
石塚 真由美(北海道大学理事/副学長)
「医療システムの脱炭素、資源循環の研究から実装へ」
南齋 規介(国立環境研究所資源循環領域長)
「社会構造と産業構造から考える実装ギャップ」
藤井 健吉(花王株式会社研究開発部門研究主幹/研究戦略・企画部部長)
「生命保険会社、機関投資家のプラネタリーヘルスへの取り組み」
岩本 昌弘(日本生命保険相互会社 サステナビリティ経営推進部 環境経営推進担当部長)
五十嵐 圭日子
橋爪 真弘
○ 閉会挨拶
磯 博康(日本学術会議副会長、国立健康危機管理研究機構国際医療協力局グローバルヘルス政策研究センター長/理事長特別補佐)
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