「脱化石燃料の国際動向」 東京大学名誉教授 山本良一

【化石燃料に関する科学者の警告】
 2025年1月の再就任直後に、米国のトランプ大統領は「国家エネルギー緊急事態」を宣言し、「ドリル・ベイビー・ドリル(掘って掘って掘りまくれ)」と化石燃料の増産に舵を切った。これに危機感を抱いた世界の科学者は「化石燃料に関する科学者の警告(Scientists’ warning on fossil fuels)」を2025年3月31日に公表した。引用文献が451もある本格的な論文である。その主な結論は次の通りである。
 ・化石燃料、そして化石燃料産業とその推進者たちが、地球上の生命の広がりと安定性を脅かす相互に関連した数々の危機を引き起こしていることは明白である。
 ・化石燃料のライフサイクルのあらゆる段階(採掘、加工、輸送、燃焼、石油化学製品への変換)において、地球温暖化の原因となる温室効果ガスや健康被害をもたらす汚染物質が排出されるだけでなく、広範囲にわたる環境悪化も引き起こされている。
 ・化石燃料は、数百万人の早死、数兆ドル規模の損害、生態系の破壊の拡大を引き起こし、人、野生生物、住みやすい未来を脅かしている。
 ・化石燃料からの必要な移行は、数え切れないほどの社会的、地球規模の利益をもたらし、地球上の生命を持続させるための道を切り開くだろう。

 脱化石燃料のために活動している団体は多数ある。化石燃料不拡散条約イニシアチブ(The Fossil Fuel Treaty Initiative)には18ヶ国、199都市や準国家、4,385の組織・研究所・企業、1,095,235人の個人が支持している。化石燃料不拡散条約イニシアチブは核兵器不拡散条約にならい、石炭、石油、ガスなどの化石燃料の採掘拡大を停止し、科学的根拠に基づいて既存の生産を公平に縮小していくための国際的な枠組み作りを推進している。

 これは化石燃料の使用から排出される人為的温室効果ガスについては規制があるものの、化石燃料の生産自体については規制がないことが問題にされているのである。化石燃料不拡散条約イニシアチブを支持している都市としては、例えば、ブリュッセル、コペンハーゲン、ボルドー、パリ、グルノーブル、ボン、ゲッチンゲン、ハイデルベルク、アテネ、ローマ、アムステルダム、ロンドン、モントリオール、オタワ、トロント、バンクーバー、ロサンゼルス、カリフォルニア州などがある。

【脱化石燃料に関する第一回国際会議(サンタマルタ会議)】
 2025年4月24日~30日にコロンビアのサンタマルタで脱化石燃料についての第一回国際会議が開催された。コロンビアとオランダによる共同開催である。この会議はUNFCCCとは別の補完的な国際会議の場であるとされている。世界の80ヶ国以上が化石燃料廃止に向けたロードマップを求めている。本会議に先立ち、世界エネルギー転換のための科学パネルが設立され、科学者による討議が行われた。共同議長はVera Songwe, Ottmar Edenhofer, Gilberto M. Jannuzziである。24名の科学者グループの作業の結果、報告書が取りまとめられた。

 その結果、脱化石燃料移行のための科学的行動レパートリー(Santa Marta Action Repertoire: SMART)が公表された。3つの柱、経済的依存からの脱却を加速する、需要と供給を変革する、国際協力と気候外交を前進させる、から成っている。以下に12の提案を示す。詳細は報告書を参照されたい。

 1.政府全体計画の策定
 2.労働者と生計の積極的保護
 3.情報環境の保護
 4.価値観とウェルビーイングへの訴え
 5.即時措置の実施(新規化石燃料インフラの禁止など)
 6.炭素価格と補助金改革
 7.移行目標の監視枠組み
 8.供給課金(供給レヴィ―)の導入
 9.中央銀行の役割
 10.国際法的手段の可能性
 11.あらゆる知識の統合
 12.ISDS(投資対国家の紛争解決制度)の無力化

報告書(SMART)のリンク:https://zenodo.org/records/19797562

 サンタマルタ会議の結果、参加した57の先駆的な国々は、化石燃料からの脱却を積極的に管理するための継続的な協力をすることになった。2027年にはアイルランドとツバルが共同開催国となり、会議はツバルで開催される。コロンビアとフランスは2050年までの脱化石燃料ロードマップを公表している。

 サンタマルタ会議に十分な成果があったかどうかについては議論があるが、脱化石燃料を推進することについては多くの支持がある。アムネスティ・インターナショナルは化石燃料からの脱却を阻む障壁として、採掘と生産を抑制する規則が無いことや、多くの低所得国は重い債務負担に直面し化石燃料生産に頼っていること、移行資金調達における民間資金への過度な依存などをあげている。欧州諸国はサンタマルタ会議を支援し、コロンビアとオランダの示したリーダーシップを高く評価している。気候変動対策とエネルギー対策は、繁栄と安全保障の原動力となること、設立された科学パネル(SPGET, Science Panel for the Global Energy Transition)はIPCCの方針に沿って化石燃料からの脱却に向けた協調行動を加速するのに役立つとしている。サンタマルタ会議に参加したEU加盟国は次の通りである。
 オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ポルトガル、スロベニア、スペイン、スウェーデン残念ながら、日本はサンタマルタ会議に参加しなかった。

【国際司法裁判所の勧告的意見に関するフォローアップ国連決議】
 海面水位の上昇により水没しつつある島国にとって、気候変動は交渉材料ではなく存亡に関わる最優先事項である。南西太平洋のバヌアツのイニシアチブにより、2025年7月23日に国際司法裁判所(ICJ)は気候変動に関する国家の義務についての歴史的な勧告的意見(AO)を出した。しかしこのICJAOには権利と義務がどのように履行されるのかについての詳細が欠けている。そこで国連総会決議によって、ICJAOの実施に向けた道筋を明確にしようとバヌアツは2026年2月に決議案のドラフトを提案した。最初のドラフトには国際損害登録簿の設立があったが、各国との協議の結果5月1日の最終案では取り下げられた。米国のトランプ政権はこの決議案に強く反対した。バヌアツ対米国の戦いはダビデ対ゴリアテとも風刺されている。結局、105ヶ国がICJAO決議案の共同提案国となった。

 2026年5月20日の国連総会でこのICJAOのフォローアップ決議案は賛成141、反対8、棄権28で可決された。日本は決議案に賛成した。グテーレス国連事務総長は「地球にとっての勝利だ」と述べた。反対した国は、ベラルーシ、イラン、イスラエル、リベリア、ロシア、サウジアラビア、米国、イエメンである。採択された決議は、気候危機への対処は国際法上の法的義務であり、単なる政治的選択ではないという意味を持っている。国連総会は事務総長に対して、2027年に遵守を促進する方法に関する報告書を第82総会までに作成するよう要請した。

 2026年5月29日に40名余りの国連の専門家らは、国際司法裁判所の気候変動判決を支持する国連総会決議を歓迎した。「世界的な正義と法の支配を確保する上で極めて重要である。これは、平和、民族自決、持続可能な開発、全ての人々の幸福を守るための根本的な前進である。」と述べている。そして今後のすべての国際会議において、ICJの勧告的意見に依拠するよう求めた。
要点は次の通りである。
 1.特定の気候関連条約に署名しているかどうかに関わらず、すべての国家は気候システムを保護する法的義務を負っている。
 2.各国は、気候システムへの重大な被害を防ぐため、それぞれの責任と能力に基づいた措置を実施しなければならない。
 3.「清潔で健康的かつ持続可能な環境への権利」は、尊厳ある人間生活を送るための前提条件である。
 4.気候変動に悪影響を与える民間企業を規制することも国家の責務である。

 一方、CRI(Climate Rights International)はこの決議を欠陥のある決議と呼んでいる。国連事務総長に対する強力な説明責任の義務付けについて合意に至らなかったからである。CRIは反対派が決議で確立されたフォローアップメカニズムを骨抜きにし、各国が裁判所が指摘した義務を履行しているかどうかを評価する国連事務総長の独立性と制度的能力を制限したことに懸念を表明した。このICJAOのフォローアップ決議案が採択された上は、日本も人為起源温室効果ガスの削減目標を強化し、化石燃料への依存を減少させエネルギー自立を目指した気候・エネルギー政策に転換しなければならないであろう。
 
【気候非常事態宣言やネットゼロ目標を撤回する自治体が出現】
 さて気候の非常事態が深刻化するなかでせっかく決議した気候非常事態宣言を撤回する自治体が現れた。英国ではReform UKが地方選挙で大勝し、Durham、Kent、Wakefield、Staffordshire, Sunderlandで既に撤回し、Newcastle-under-Lymeでは7月の議会で撤回する予定である。オーストラリアではビクトリア州のMornington Peninsulaやニューサウスウェールズ州のPort Macquarie-Hastingsが撤回した。またカナダではCalgaryが2026年5月27日に宣言を撤回した。日本ではまだ宣言を撤回した自治体は無く、逆に東京都港区が2026年5月25日に気候非常事態宣言を行った。

 日本では気候非常事態宣言、カーボンニュートラルシティ宣言、デコ活宣言、脱炭素先行地域など多層構造の気候行動政策が実施されていることにより、宣言やネットゼロ目標を撤回する自治体は未だ現れていないのかもしれない。脱化石燃料へのエネルギー転換をやり抜くためにも、9月30日に予定する「気候と自然についての緊急ブリーフィング」によって最新科学に基づくリスクの共有、政治的立場を超えた共通認識の形成が国家戦略上重要となっている。

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