1853年、黒船の艦隊を率いて日本に開国を迫ったペリー提督(Matthew Calbraith Perry, 1794-1858)は超ベテランの軍人でした。14歳で海軍に入隊。米英戦争に参加した後、海軍工廠の造船所長を務めたり、米墨戦争では艦隊副司令を務めるなどし、軍艦の建造から運用まで精通した人物でした。蒸気船の重要性をいち早く理解して海軍の強化を推進し、海軍士官の育成にも尽力。アメリカの「蒸気船海軍の父」と呼ばれています。
60歳にもう手が届こうという時に東インド艦隊司令長官に就任し、日本と交渉する使命を担います。ペリーは日本に関するあらゆる文献を集めて研究し、「威厳と威圧を用いながら交渉しなければ目的は達成できない」と結論します。ところが同時に、フィルモア大統領からは、「日本との友好関係を築き、通商を求めることが目的である。日本を必要以上に刺激してはならないし、武力行使は極力避けよ」という訓令も受けていました。
江戸幕府にしてもアメリカの要望を全て聞き入れるわけにもいかない一方で、交戦状態になることは絶対に避けなければなりません。幕府側もペリー側も、交渉をうまく進めるために、おもてなしの宴会を行ったり、贈り物をしあったりしました。翌年3月、日米和親条約の調印に至る数日前にペリー艦隊旗艦ポーハタン号で行われた饗宴では幕府側の官吏達70人ほどが招待されました。応接掛の一人として重責を担っていた松崎満太郎は、それまで愛想のない態度でアメリカ側と接していましたが、酔った勢いもあってすっかり陽気になって、しまいにはペリーの首に抱きついて日本語で「日本とアメリカ、心はひとつ!」と繰り返したそうです。(「ペリー提督日本遠征記」では”Nippon and America, all the same heart.”と言ったと英訳されている)
交渉がまとまりつつあってホッとしたせいもあったのでしょうね。ちょっといい話ですね。
ペリーが日本の歴史に残した足跡はこれだけではありませんでした。
条約の調印のあとペリーはさっそく、条約によって開港されることになった箱館(函館)に下見に行きます。ここで魚類調査を行った際に、体長84cmの大きな魚を捕獲します。2年後、その魚についてイギリスの学会に報告し、新種として認められました。学名はペリーにちなんでSalmo perryi(現在はParahucho perryi)。和名は「イトウ」。日本最大級の淡水魚でありながら生態や分布に謎が多く「幻の魚」とも呼ばれていて、今は絶滅危惧種になっています。
「イトウはどうして絶滅危惧種になったのか?」をテーマに国立環境研究所の特命研究員が中心になって制作した動画が、第67回科学技術映像祭 内閣総理大臣賞を受賞しました。歴史を紐解くと、農地開発や河川整備が大きく影響して、そしていま、なんと再生可能エネルギーの開発も脅威になりつつあるそうです。
こちらから動画を見ることができます。14分足らずの短い動画ですが、とても興味深い内容です。
動画「イトウはどうして絶滅危惧種となったのか?」が第67回科学技術映像祭 内閣総理大臣賞を受賞(国立環境研究所、2026年7月13日)
ペリーの来日から始まった日米関係はその後、戦争という最悪期を挟みながらも、やがて現在まで続く同盟にまで発展しました。イトウは今、危機的状況にありますが、今後も守る、あるいは回復させることができるのでしょうか。もしもペリーがこうなることを予期していたら、箱館を去る前に「このデカい魚、大事にしてくれよ。でないとこうだぜっ!」と言いながら、もう一発余計に大砲をぶっ放していたかもしれません。
さて、環境再生保全機構の主催で生物多様性に関するセミナーが開催されるのでご案内します。
名称: 生物多様性とネイチャーポジティブ
人と自然の共生から広がる地域・企業の取組と新たな可能性
日時: 2026年7月22日(水)13:30~16:00
会場: 仙都会館(仙台市)/オンライン
主催: 独立行政法人環境再生保全機構
参加費: 無料
主な内容:下記HPより抜粋
【講演】
「生物多様性の現状や、日本が抱える課題、そして一人ひとりが自分事として捉える重要性について」
横浜国立大学 倉田 薫子氏
「地域における人と自然の関わり・企業や自治体との連携による取組・自然の価値を活かした実践例・生物多様性の保全や地域づくりと自然共生サイト」
公立大学法人宮城大学 小沢 晴司氏
【制度の概要説明】
「自然共生サイト認定制度について」
環境再生保全機構
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